「現代のエスプリ」415号 至文堂 2002年2月刊
 特集 21世紀の法律相談---リーガルカウンセリングの試み


  法律相談の現状と課題

              長 岡 壽 一 (ながおかとしかず)
              弁護士・山形県弁護士会
              前「日弁連公設事務所・法律相談センター」委員長



   はじめに  問題提起と概説
 
 弁護士による法律相談は、相談者が抱える問題事案を聴取し、その事実に法規を当てはめて権利義務に関する判断をなすとともに、問題解決のための法的手続きを教示し、必要に応じて代理人として受任することを内容としている。そこでは、法規を適用するために必要な事実認識および法的判断ならびに実務的対応方策の選択が中心課題であり、法的合理性を求めるという意味においてコンサルテイションとしての性格を有するといえる。
 そのような法律相談は、弁護士業務の出発点であり、すべての弁護士が一般的日常的業務として行なっている。その現場における相談技術は個々の弁護士によって多様であり、専門家としての弁護士が試行錯誤と経験を積んだ末に体得する個人技としての性格と評価が与えられてきた。その半面において、職人芸とも評されるように、相談の質や技術に関する分析や学術的検討が行なわれてこなかったのも事実である。その結果、法律相談の技術や方法は弁護士個人に委ねられ、他の弁護士の相談のノウハウなどを学び取る機会が極めて少ないという現状にある。
 他方において、今日の弁護士の業務は多方面にわたり拡大しつつ深化しており、同時に相談者から求められる弁護士のサービス内容、範囲および質が変容しつつある。たとえば、現在の弁護士には、個人が人生の中で出あう悩みやトラブル、離婚や相続、男女問題、子どもや学校の問題、近隣紛争、多重債務、交通事故、労働災害、医療事故、高齢者関連の問題、セクシャルハラスメント、ドメスティックバイオレンス、犯罪被害者、外国人、その他多くの相談が持ち込まれる。そこには、合理的な法的判断のみによって解決することが困難な問題があり、法的知識の提供以上に、あるいはその前提として相談者の置かれた環境ならびに心理や精神状態に対する十分な理解と配慮が求められている。
 そこで、法律相談の質的向上を考えるとき、従来からのコンサルテイションとしての機能のほかに、カウンセリングの要素を取り入れて、相談者の真に求めるものは何かを究明しつつ、その自律的判断を支援することを通して、相談者が自ら幸福追求と目的実現をはかるための法律相談のあり方を再検討すべきである。その意味において、カウンセリング型の法律相談への質の変容という基本的視点が有効であると考える。
 さらに、法曹養成制度としての司法研修所や、近く新たな制度として導入される予定のロースクール(法科大学院)における法律実務教育においても、右の視点をもとに相談技術に関する研究ならびに教授プログラムが確立されるべきである。その際、弁護士および法学者のみならず、心理学者、精神医学者などの関連分野の研究者および実務者の協働により、リーガルカウンセリングとしての新たな分野を開拓していくことを期待したい。
 
   弁護士による法律相談の現状
 
 法律相談は、弁護士と相談者(依頼者)との最初の接点である。民事刑事を問わず、どのような事案についても、弁護士の仕事は法律相談を経由して始まる。
 具体的に行なわれる相談の状況をイメージすると、一般的に弁護士は、相談者は何らかの法律的な問題を抱えて自分の前に来ていると認識する。つまり、法律問題があることを当然の前提としている。ここで法律問題とは、一般に権利義務の有無および内容のことであり、この判断をするための必要事項を確認するために、弁護士が相談者から事実を聴くことになる。その事実を法律の要件にあてはめて、権利主張が成り立つかの判断をする。次に、権利実現の方針と手続きを検討して、取るべき手段と方法を決定し、弁護士が受任するときは代理人として活動していく、という手順を踏んでいく。
 この相談場面においては、事実関係を早く正確に聴き取って、それに基づく方針を立て、最も適切な手続きを教示し、最終的な見通しつまり訴訟などをした場合に勝てるかどうかまで教えられるのが、弁護士の能力であると評価されがちである。
 他方において、その相談は、プライバシー保護の要請から、弁護士と相談者だけの密室において行なわれるのであり、外部からの分析や評価の対象になりにくい性質を有する。そのため、従来実務的および科学的理論的な研究が行なわれてこなかった。そこでは、法律相談のあり方は個々の弁護士に任せられた分野であり、科学的分析になじまない分野であるとともに、それ自体は外部からの批判の対象となりにくいと理解されてきた。
 さらに、法律事務所の経済収支の側面から相談業務をみると、弁護士報酬として受ける相談料は、初回市民相談料が一件五千円(三〇分)であり、これだけでは法律事務所経営は赤字にならざるを得ない。したがって、弁護士個人の法律事務所における相談業務は、その中の相当割合が事件受任(そして着手金などの弁護士報酬受領)に結びついてはじめてペイするということになる。このような事情も、法律相談の技術を高めることにつき、組織的に研修を行ないあるいは経験や工夫を交換し合うシステムがつくられなかったことや、個々の弁護士の領域に任されていた原因として指摘されよう。
 
   法律相談現場からの問題認識
 
 近時の弁護士会による法律相談センターの設置運営状況については別稿に譲るが、全国における運動の普及は、法律相談の量的地域的拡大を実現しただけでなく、法律相談があらゆる弁護士業務の土台であることに徴し、相談の質に関する問題意識を喚起している。具体的には、各地弁護士会による、相談センター利用者(相談者)アンケート調査の実施とその分析などを通じて、相談者の弁護士に対する評価が端的に明らかになったこと、この資料をもとに法社会学の見地から分析検討されて弁護士の相談実務改善のためにフィードバックされていること、などである。
 そこでは、例えば、相談者の話を(弁護士が)よく聴いてくれたか、親切な対応をしたか偉そうに振る舞ったか、弁護士の説明が理解できたか、相談によって納得ないし満足したか、などが一般的質問事項として問われ、自由記述欄には担当弁護士に対する率直な感想や要望が述べられている。これを見ると、弁護士の姿勢や態度に対する指摘が意外に多く、弁護士の言葉づかいや説明の仕方についても不満が述べられている。三〇分の相談時間が短いということも、多くの相談者が共通して感じている。
 さらには、サラ金クレジットなど多重債務者の相談窓口の設置、高齢者に関する一般相談および成年後見センターによる支援活動、犯罪被害者の相談に応じる支援センターの開設など、従前は弁護士(会)の対応が不十分だった分野についても、多くの弁護士は、その活動領域を拡張しようと努力し、法律要件以外の、いわばその前提段階に位置する課題について、正面から取り組もうとしている。
 法律相談に関するこれらの新たな取組みにより、法律相談の質、つまり弁護士の資質の向上という課題について、問題が認識され、研究が開始されることになった。そこにおける検討の方向につき、次のように考えるべきである。
 法律要件の存否を確認して法的判断だけをしようとすれば、三〇分程度で対応できよう。例えば、離婚の相談者に対しては、法律に定められた離婚条件(不貞や虐待など)があるかどうかを聴けば足りることになる。また、サラ金など多重債務者には、任意整理(債務を弁済することにより清算する方式)、破産(裁判所に破産申立てをして破産および免責決定を受ける手続き)、あるいは民事再生(債務の一部を弁済して残りの免除を受ける裁判手続き)の要件に当たるかどうか、債権者、債務額、収入・資産を聞けば、その方針と手続きが導き出される。
 しかし、相談者の側からすれば、最初から法律問題を整理して法的結論を知りたいのではなく、困っている、迷っている、トラブルに遭っているという現実の生活場面で、対策を決めるための助言や示唆を受けたいという、その段階での相談が過半であると言える。現実に、法律相談センターにおいて相談後引き続き弁護士が受任する割合は、全国平均でおおよそ一割程度にとどまる。残りの九割は、相談のみで一旦終わっているのであり、相談者は自己決定の参考としてのアドバイスを受けに来ているとも推測される。
 
   カウンセリングの視点
 
 右のような認識によると、弁護士が相談者の抱える事情のうち権利義務に関する法律要件だけを抽出して法律判断をしても、相談者は、必ずしも納得ないし満足しないだろうと思われる。ここにおいて、相談者の求める(期待される)弁護士像と、弁護士側の職業意識とのギャップが存在していると指摘できるのであり、これは大部分の相談事案に一般的に広く当てはまる性質を有する問題である。
 さらに、離婚や相続などの親族間の問題、婚姻外の男女関係やこれによる親子関係、境界や騒音などの近隣住民間の紛争、悪徳商法による消費者被害、サラ金やクレジットなどの多重債務の整理や破産・再生、金銭借入れの保証人の弁済責任と関係者の調整、交通事故や労働災害による被害者救済、医療事故への対応の微妙性、老人性痴呆や高齢者関連の種々の問題、セクシャルハラスメント、ドメスティックバイオレンス、そして犯罪被害者救済のあり方、その他多くの場面では、相談関係者は、合理的な法的判断のみによって解決することが困難な状況に置かれている。
 これらの一般的あるいは特別の事案における法律相談において、相談者の自己判断・自己決定をまず前提として最大限尊重し、弁護士による相談と支援のあり方を根本から見直す必要があると考える。
 弁護士はかかる状況において相談者から与えられた課題にどのように応じるべきであろうか、これが弁護士の法律相談への臨み方に関する大きなテーマとなる。この問いに答える理念は、相談者の自主的判断による自立を支援するというカウンセリングの思想であると考える。その視点から法律相談の質を向上させる一つの方向性は、法律要件を離れて相談者の経験を聴き入れて、その置かれた環境と心理状態を素直に認識し、相談者自身において課題克服へ向けた力が湧いてくるようなカウンセリングを施すことではないかと考える。もちろん専門家としての弁護士の法律判断と一体となる内容であることは、当然その課題の中に含まれている。
 ここで参考にしたいのは、全国的にボランティアにより行なわれているいのちの電話というシステムである。その事業運営の趣旨は、相談者自身が潜在的力を自覚して立ち直れるようにすることにある。そこでは、相談者が求める限り時間を制約しないで何十分でも聞き続けること、無償ボランティアではあるが一年余にわたる研修システムを通過して初めて相談を担当することができることなど、が確立している。専門家として行なう弁護士の相談についても、その基本思想を導入すべきであろう。
 
   弁護士による二次被害
 
 法律相談や事件処理をめぐって、弁護士による二次被害という問題が指摘されることがある。いま弁護士に対して、どれだけ幅広い素養、そして深みのある人生観が求められているのか、単に法律の専門家としてだけではない、人間としてのあり方が、求められているように思われる。
 従来から弁護士が一般的に扱ってきた離婚やサラ金の問題についても、また新しく求められるようになった、例えば高齢者にかかる痴呆、介護、成年後見など人格や人生に関わるような相談案件、さらには犯罪被害者、セクハラ、DV、外国人問題などについても、元来の意味における法律問題を検討する前に、相手の心理状態と置かれた立場を理解することから入らなければならない。弁護士がこの配慮を欠くことにより、二次被害として指摘される事案が生じることにもなる。
 つまり、相談者は、弁護士に対して、法的権利義務の判断だけではなく、広く深い人間性の本質に関わるようなところまで求めている、という最近の状況がある。例えば、セクハラの問題について、弁護士に相談に来た人が、損害賠償請求したいので依頼したいなどと最初から割り切って要望するはずがない。労災や交通事故で身内を亡くした人が相談に来たからといって、直ちにこれは法律問題だ、不法行為や債務不履行で損害賠償請求できると述べて、逸失利益と慰謝料の基準にあてはめて請求金額を算定して見積書を提示するなどの対応は、果たしてその相談者の真意に応じているのか、明らかに疑問である。
 そして、今まで職人芸などと言われて、一人ひとりの弁護士に任されていた相談場面のままでよいのか、という問題意識が生じる。弁護士会の法律相談センターにおいて、いつでも、どこでも、誰でも、必要に応じて弁護士に相談できる体制をつくりあげ、量的拡大の成果を確認しつつある今、社会の需要に応えて、弁護士がまず人間として相談者に接して困難な状況を心理的に共有し、そして、次に法律家として接することができるような、そういう人間性の能力を身につけることが、これからの課題となる。さらには、法律相談の現状を科学的に分析し、弁護士が相談のあり方を技術として身につけられるようなカリキュラムを、法曹養成の教育システムの中につくらなければならないと考える。
 
   法曹養成における法律相談
 
 司法研修所および実務修習での教育研修の現況に関連して、法律相談指導のあり方を検討してみよう。弁護士は、果たして、相談を受けることについての専門的資質を備えているのかどうか、そのための教育がなされてきたのかどうかを改めて自問したとき、消極的な回答と漠とした不安を否定できない。弁護士が相談を受けるようになる過程を振り返ると、まず、司法試験に合格した時点では、相談や実務訓練をまったく受けていない。その後司法研修所に入り、司法修習生として一年六か月の研修を受ける中でも、前期と後期の全員共通研修では、具体的な相談システムを教授していない。弁護士の実務修習三か月の期間において、指導担当弁護士が行なう法律相談に同席して、その脇で見聞きする経験をすることになる。しかし、その指導弁護士が相談のあり方についてどの程度意識的にシステム化して教えるかについては、法律相談に関する指導プログラムが確立していないため、個々の指導者によって大きく異なるし、修習生全般にわたる教育内容については把握できないのが現実である。
 そのようにして養成過程を経て弁護士になって、最初の仕事が法律相談である。弁護士になってから後も、相談のあり方に関する研修を受ける機会はほとんどない。弁護士一人ひとりの考え方、スタイルに任されているのが現状である。しかし、前述のとおり、現在の弁護士への市民の期待が大きく膨らむ中で、十分な応対ができないのではないかとの不安が広がる。
 そこで、司法研修所や、これからつくられるロースクールにおいて、法律実務教育システムの中に、一つの教科として法律相談が位置付けられることを強く求めたい。その際に、弁護士が法律の専門家ではあっても、人間の専門家ではないことを認識するのが出発点となる。そして、その人間性と科学的技術を磨くために、精神医学および心理学などの研究者ならびにカウンセラーなどとしての知識経験を有する職業人と協働して、弁護士の相談業務を分析して研究する。その中で、相談技術を向上させるためのプログラムをつくり、それを全国の弁護士や実務研修者に伝えていくのが、今後の課題と新たな運動となろう。
 
   相談技術研究の取組み
 
 その新たな研究を志向する場合の課題は、個々の弁護士が法律相談において対応すべき事案が法律の枠を超えて拡大していることを認識し、法的側面のみならず相談者の全人格および人生の中における当該事案の位置付けを正しく理解して認識し、相談者の自立を助けるための視点を持つことである。その基本視点にたって、事情聴取と助言のあり方を研究し、ロールプレイングなどの研修を通じて多くの弁護士に伝達して理解を深めるとともに、個々の弁護士の問題認識と力量を増すための方策を取ることであろう。
 その際に、カウンセリングの視点と手法が、重要なポイントとなると考える。つまり、相談を受ける弁護士の側から積極的に教示指導していくのではなく、相談者自身が自分の人生を決めること(自己決定)とし、弁護士がそれを支援することを基本にすべきである。権利義務や法律的手続きは、その中の一部を占めるという位置付けをもとに、法律相談を捉え直すことを再度提案したい。この視点が、リーガルカウンセリングとしての新たな分野を開拓することになる。
 日本弁護士連合会(日弁連公設事務所・法律相談センター)では、以上の問題認識に基づき、弁護士、法学者のほか、精神医学者、心理学者、臨床心理士、カウンセラー、ソーシャルワーカーなどの共同研究の場として、二〇〇〇年に面接技術研究会を組織し、法律相談に関する実務的研究活動を継続している(この共同研究については、別稿を参照されたい。)。従来の専門的知識と実務対応方策を説明する相談(コンサルテイション)に対して、相談者の自主的判断と自立を支援するために相談者の環境と心理状態を正しく認識したカウンセリングを重視する方向で、相談の質的変容を実現していこうとの問題認識を基礎にしている。このような業際研究の機会を多くして、相談技術向上のための科学的・合理的なプログラムをつくり、これにより法律実務家としての弁護士が相談者個人の人生観・幸福観に共感しつつ、これを尊重して自信を持って支援していける資質と能力を身に付けていきたい。
 
   おわりに
 
 弁護士が法律専門家としての従来の枠を超えて新たな課題に向かおうとするとき、二次被害の指摘とともに、二次受傷という問題にも直面しつつある。相談者の抱える問題状況を親身になって考えるとき、相談を受けている弁護士自身もまた、その問題状況と心理的負担を共有してしまう恐れがあるというのである。相談担当者を癒すシステムの検討もまた必要となるのではないかとも思われ、主体と対象が共に人間であるだけに、終わりなき研究と挑戦の始まりのように思える。
 またこれに関連して、弁護士だけによる対処ではなく、共同研究はもとより、相談実務経験の交流、相談業務の分担ないし協働の試み、その他、前述の心理学関係専門家との協力およびネットワーキングのシステムを、各地において創っていくこともまた、これからの運動課題となる。同時に、法律事務所事務員をパラリーガルとして活用する方向性と、弁護士との分業と役割に関する指標も検討されるべき課題となろう。
 新たな課題や困難との遭遇がさらなる発展のチャンスであると信じて進みたい。


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