「法律相談のための面接技法」
  菅原郁夫ほか編 商事法務 2004.1.刊
  (原稿作成 2002.12.)
  弁護士向け法律相談テキストから
  長岡執筆部分−「実務のポイント」
 
 
実務のポイント 「きく」ことの意味
 
 ここでは、具体的に相談をうける場面を念頭において、それをいくつかの段階に分け、相談者から事実および事情を聴き取るための基本的技術について考えてみよう。ここで聴くことを論じる場合の相談内容は、離婚、相続、債務整理、破産、金銭トラブル、不動産取引きなどのように、日常業務の中で一般的に相談対象となる事案を前提とすることとする。したがって、子どもの事案、犯罪被害者、高齢者特有の問題、その他の特殊な事案の相談場面については、別の配慮をも加える必要があることを注意されたい。
 ところで、法律相談において相談者から話を「きく」という場合、先にも述べたように、「聞く」、「聴く」および「訊く」の分類をすることが可能であろう。それを相談の各段階において考察してみたい。その場合の視点は、弁護士の相談技術(スキル、技能)であるが、その相談業務を通して人格や人柄の表現につながることを忘れてはならない。つまり、相談技術は、単なるスキルにとどまるのではなく、相談に応じる弁護士の人格が試される場面でもある。したがって、弁護士は、ここで述べる技術を修得するほか、ひろい視野と深い識見とを身に付けるよう、つねに努力を続けることが求められる。
 次に、相談の場面においては、相談者と弁護士との2名が登場するのであり、その双方の立場から相談のあり方を検討しつつ分析することが基本的かつ各段階に共通の視点となる。つまり、従来の相談技術は、弁護士側から論じられることが多く、本来の主役である相談者の視点が希薄であったといえよう。この反省に立って、相談者側から見ると弁護士はどのように認識され評価されているのか、立場を逆向きにして考察することも必要である。
 そして、本書を貫く理念としてのカウンセリングの基礎を身に付けその技術を学習してほしい。心理カウンセリングを弁護士の法律相談に置き換えると、「弁護士は、相談者の語る内容を傾聴し、知的水準だけでなく感情的水準も理解して、応答していく。相談者は、弁護士との会話の中で、ありのままの自分に気づき(自己洞察)、それを受け入れ(自己受容)、より統合された自己の中で再度問題を解決しようと決心(自己決定)をする。弁護士は、このプロセスに共につきあい、援助していく存在である。相談において、面接が深まっていくか否かは、弁護士の態度と、その態度がどのように相談者によって認知されているかにかかっている。」、と説明されよう(注1)。
 
(注1) カウンセリング
 その基本的意味内容について、弁護士の行なう法律相談にそのまま置き換えると、本文のように説明されよう(「現代カウンセリング事典」金子書房2001年67頁参照)。弁護士は、来談者中心主義のカウンセリングの理念を自己の相談業務に取り入れて、そのスキルとして身に付けるよう、学習と研修を行なうべきである。
 
 
実務のポイント 「聴く」ための準備
 
 あらゆる法律相談において、弁護士はまず相談者の話を聞くことから始めなければならない。しかし、この自明と思われる理をあらためて分析し、弁護士が事実を聞くためには、まず相談者が話さなければならない、という先後の関係に思いを致すべきである。つまり、弁護士は、相談者が話せるような場を設定し、現に話してもらうことが、「聞く」ことの前提になるということであり、そのための技術を検討することが必要なのである。
 弁護士は、業務の中での法律相談が日常的であるため、ついマンネリ化してしまっているのではなかろうか、との反省とチェックを日々繰り返すことが必要であろう。先般、遺産分割の相談を受けて受任し、協議が整って分割もなされた事案で、依頼者からお礼の手紙をもらったが、その中に次の言葉が述べられていた。「初めて法律事務所を訪ねた時の、なんともいえない心細い気持ちは、一生忘れられないと思います。」
 この依頼者は、30代の女性(地方公務員)で、社会経験と十分な判断能力を有している人である。弁護士は、その日常性の中で、次々と新たな当事者の法律相談を行なっているが、その相手となる相談者にとっては、一生に一度の極めて特別な状況を背負いながら初対面の不安を持って相談場所に来るのである。そのような相談者の側の背景を、私たちは正しく感じ取っていなかったのではないか、との自戒を新たにした例である。
 以上のような相談当事者(相談者と弁護士)の双方の特徴を理解したうえで、できるだけ相談者に気軽に話してもらうための条件の整え方を考えてみよう。そこで、相談の受付けから相談室に至る雰囲気を、日常的な場づくりとして捉え直してみてはどうだろうか。相談者が最初に接する受付け担当事務員の言葉づかいや接遇態度には、弁護士がほとんど関心を持っていないのではないか。その場面を、初めて訪れる相談者の視点でチェックしてみよう。必ず何らかの改善点が見つかるはずである。
 また、相談室のテーブルやいすの配置を見て、入りやすく座りやすいか、実際に行動してチェックしてみよう。いすの種類は、相談者と弁護士とが同じものを使用しているか。いすは、上下関係を表わす道具でもあるから、最初から弁護士のほうが立派ないすに座っていれば、相談者は対価を払った「お客様」であるにもかかわらず低い位置に置かれていることについて、不満を潜在化させているのではなかろうか。あるいは、対等ではない「先生」に対する話だと思い、遠慮と自己抑制をしてしまう原因になりかねない。
 さらには、相談担当の弁護士が自己の名を相談者に対して明らかにするべきかどうか、相談センターや公的相談などでは、その取扱いがまちまちである。もちろん個人の法律事務所では、当初から弁護士が特定されているのであるから、顕名の問題は生じないだろう。私は、相談者と弁護士とが対等な関係で相談を始めるという原則の重要性を考え、また相談者の氏名・住所などは事前に弁護士に開示されていることとの釣り合いから、センターなどの公的相談会場においても、相談開始前に相談者に対して担当弁護士が誰であるかの情報を知らせるべきであるし、最初に顔を合わせた時点で、弁護士側から名乗って挨拶をするべきであると考えるが、いかがであろうか。
 
 
実務のポイント 相談に入る前に
 
 法律相談でカウンセリング的対応をするために、「共感」、「受容」、「傾聴」の3要素が重視されている(注2)。では、その共感などを表現するためには、具体的にどのようなスキルの発現が必要であろうか、考えてみよう。まずここでは、相談の本筋に入る前の段階で、考慮すべき事項を検討してみる。
 弁護士と相談者は、相談室において初めて対面する。ここで、2人の人生の出会いがあると捉えることもできるだろう。いわば一期一会である。そこには上下関係がなく、支配・被支配の関係も、意志に反してなんらかの拘束を受けるおそれもない、本当に対等な当事者としての出会いの場と捉えることである。言い換えると、相談場所の個室においては、相談者の抱える悩みを題材にして、弁護士と相談者の双方の人生が高められるのだ、と想定するのである。
 初めての出会いの最初の数十秒間で、そのような信頼できる人間関係をつくろうとするには、弁護士の側で工夫する必要がある。上に述べた気持ちを態度と姿勢や表情などで表わすほか、相談者に対して最初にかける言葉が重要である。
 多くの弁護士は、最初に「どのような相談ですか」などと問いかけて、相談内容に入っていくようである。しかし、よく考えてみると、この問いは、最初から相談者(質問者)と回答者との立場の区別があることを示している。この問いによって、上下関係や指示・被指示の関係が、無意識のうちに相談室内の2人を支配してしまうことになりはしないか。このような状況では、共感を醸成することには結びつきにくくなる。
 そこで、相談内容に入る前に、まず「おはようございます」「こんにちは」などの挨拶をしたうえで、世間話のように、「秋になったのに、まだ暑いですねぇ。」とか、「自動車でおいでになったんですか、道路は込んでいましたか。」とか、共通に認識できる事実を確認するとともに相互に言葉に出して言ってみることも有効であろう。弁護士からのこれらの問いかけは、相談者の反応を求めており、かつ世間話のように容易に応じられる内容になっている。相談事案に関わらない相互の日常的会話から始めることにより、相談者と弁護士とが相談室の中で共通の場を得て対等の関係にあることを実感することができ、多少はリラックスできるのではないだろうか。
 さらに続けて、本題に入る際に、「保証したことでお困りですか。」などという最初の言葉はどうであろうか。相談受付けの段階で、相談の種類あるいは概要を確認していることが多いし、相談センターにおいては、相談カードに事案の類型(債務整理、離婚、相続など)が記載されているので、そのような問いかけをすることは容易であろう。この発問によって、相談者が困っている状況を弁護士が理解してくれていること、これからその相談にのってもらえること、の確認がなされる。弁護士の日常からはこのような意識は当たり前のことかもしれないが、相談者にとっては決してそういう理解には至っていないことを常に思い返すべきである。
 
(注2) 共感、受容、傾聴
 いずれも、来談者中心主義のカウンセリングにおいて、カウンセラーの備えるべき基本的態度ないし技能とされている(「カウンセリング辞典」誠信書房1990年の各項目説明参照)。
 共感的理解とは、相談者の世界をその内的思考の枠組みから受け取り、それを共有しながらも、決して同一化や感情的な癒着にならない関係が、カウンセラー側に求められる。それは、法律相談を含む多くの相談場面において求められる共通的根本的な姿勢であるといえる。なお、これは誤解されて反発を受けやすい点であるが、たとえば犯罪的行為をして他人に損害を与えた人から相談を受けるとき、その非難されるべき行為自体に共感するのではなく、そのような行動に至った事情・原因につき、共感的に理解しようとするべきであるというのであるから、よく分析して注意されたい。
 受容とは、相談者の述べることに評価や判断を加えず、ありのまま無条件で受けいれようとする肯定的尊重の応答技法のことである。
 傾聴は、相談者のことを理解しようとする積極的姿勢で、話を聴くことである。表現された言葉だけでなく、どんな気持ちで話しているのだろうかと、その心裡ないし心の動きを見極めようとする姿勢。
 
 
実務のポイント 姿勢と態度
 
 次に、相談を聴くための弁護士の態度や姿勢について考えてみよう。
 知人と街で出合ってこちらが会釈したにもかかわらず、その知人が何らの反応を示さないで通り過ぎたとすると、こちらは無視されたという嫌な感情になる。その知人はこちらの存在に気付かなかったのかもしれないが、人の気分は瞬間的に決定付けられることが多い。相談場面に置き換えてみると、相談者が人生の重大事について真剣に話そうとしても、聴く側の弁護士が、そんなことは弁護士業務の中では変わり映えのしない日常的なことだと思いつつ、横を見たり、時々目をそらして時計を見やったり、事務員などから電話の取次ぎや伝言が入るなどの場面があるとする。その相談者は、弁護士が自分の話をまともに聴いてくれるのかどうか疑問に思い、真剣に話すこと自体が空しくなってしまうだろう。
 私たちが講義や講演をするときでも、聴き手の多くが居眠りしたり、私語をしたり、窓の外を眺めているようでは、一所懸命に話そうとする気が薄れるのは、誰しも自然の理である。そのように見ると、聴く技術は、とりもなおさず、相手に話させる(話してもらう)技術であるといえる。
 そこで、弁護士は、聴く姿勢を正しく保つことが大切であり、相談者に向かって、背筋を伸ばして、やや前傾姿勢をとり、視線は相談者に向けることが基本である。ただし、このような姿勢や態度が硬くなりすぎると、相手にも窮屈さを感じさせてしまい、逆効果になることもある。視線についても、原則は相談者の顔に向けることであるが、相手の顔を見つめすぎると、それだけで糾問されているような雰囲気になることもあろう。また、相談者が下を向きがちであるときなど、弁護士の正面に向かって話すのがつらいような場面があれば、斜めから向き合うように角度をつくることも一つの工夫であろう。
 服装については、男性の場合ほとんどの弁護士がスーツにネクタイを着用しており、これが原則であろう。この点についての私の経験で、ネクタイなしの普段着で相談を受けたときに、相談者が「堅苦しくなくていつもより話しやすい」との感想を述べたことがある。何が正しい基準になるのか一律ではないことの一例である。したがって、最終的には弁護士の独自の判断によらざるを得ないが、法律相談センターや自治体相談など、他人が主催する相談会場においては、オーソドックスなスタイルが望まれる。
 次に、相談を受けながら弁護士がメモをとることについて考えてみよう。一般には、メモをとる行為は、積極的に聴いていることを表現するものと認められよう。しかし、この書き取りに熱心すぎると、当然ながら姿勢は下向きにうつむくことになる。話す側(相談者)としては、聴き取りと記録取りとどちらをしているのかという疑問を抱きかねない。その結果、よく聴いてくれないという感情的評価に結びつくこともあるので、メモを取ることに関しても、目の前の相談者に留意しながら適度になすべきであるといえよう。
 
 
実務のポイント 共感的理解
 
 先に述べた「聞く」ことすなわち相談者に話してもらう技術を基にして、次に、「聴く」ことすなわち受容しながら積極的に聴き入れるための技術を検討課題としよう。
 前述の相談を受ける態度とも関係するが、まず、相談者が人間関係の紛争をかかえて悩み苦しみのさなかにあるという事情を理解し、これを受容して共感することが、多くの相談に共通する前提条件である。つまり、相談者が紛争当事者として感情面を含めて窮地にあることを正面から受け止め、独立した人格者として尊重したうえで、その立場をよく理解できる(あるいは、理解しようとしている)旨の共感を示しながら積極的に聴き入れることである。
 多くの相談者は、悩みや苦しみあるいは憤りを、どこに吐露したらよいか分からず、弁護士に対してどこまで相談を受けてもらえるのか不安を抱きながら相談場所に赴くのが常である。弁護士がその相談者の立場に理解を示すこと、そしてその態度が相談者に伝わること、それにより相談者がリラックスした気分で話ができることが、相談内容を聴き始める際に必要となる。
 相談者の悩みなどの感情をまともに受け止めてあげるという、弁護士側の真摯な姿勢が最初に伝わることにより、相談者が自由に話せる雰囲気をつくり、相談場所に臨んでよかったとの思いと期待をかもし出すことができる。これにより、その後の本題における話がスムーズに進められる効果が期待できる。
 ここで大事なのは、弁護士が狭い意味での法律問題だけではなく、それに関連する人間関係の紛争全般を聴き入れるという姿勢を示すことであり、相談者から見れば、なんでも話せば聴いてもらえるという希望を持つことである。
 なお、共感という言葉そのものは、簡単なようにも思われるが、相談者と弁護士という2人の人生が相談室において出会うのだと捉えると、それは非常な重みがある、そして究めつくせない深みのある状態である。そこでの弁護士には、相談者の人生(の悩み、紛争)を通して、間接経験として学ばせていただくという謙虚さが求められよう。
 他方において、同時に指摘されるのは、弁護士は、専門的知識職業として、相談者から期待されているという認識と意識を持つことである。つまり、謙虚な対応をするとともに、困っている相談者を助けてあげられるだけの実力を備えているべきである。その実力の源泉は、常に向上心をもって人生の経験を積むこと、とくに多くの人の人生を知ることに求められるのではなかろうか。そこから備わる自信とやさしさ、思いやりが、対面する相談者にも自然に伝わるような弁護士像が理想的である。
 
 
実務のポイント オープン・クエスチョン
 
 弁護士は、相談を受ける際に、まず最初に相談の全容を概括的に把握することを心がけるべきである。この相談の初めの段階では、相談者に対する受容的な対応が特に要求される。事実を知るのは相談者だけであり、すべての必要事項は相談者から聴き取るほかないのであるから、相談者が制約を感じないで話せるような積極的配慮と工夫が求められる。それらの類型が相談技術になるのである。
 そこでは、相談者への問いかけの言葉として、「どのようなご相談ですか。」とか、「どんなことでお困りなのか、お聞かせください」などの、いわゆる「開かれた質問」(注3)をすることが、一般的には適切であろう。つまり、まず最初に、情報を持っている相談者が、法律などの制約を気にせずに、自由に話し始めることができるような導き方をするとよい。
 これに関連して、通常の法律相談においては、「相談申込書」、「相談カード」、事務職員の事前受付け連絡票などにより、弁護士が相談の要旨あるいは分類を認識してから、相談者の話を聴くのが通例である。ただし、法律相談センターなどにおいて相談者が相談前の短時間に相談申込書などに相談の要旨を的確に記載することを期待するのは難しいし、それをもって弁護士が先入観を形成してはならないともいえる。また、相談カードの多くは、相続とか貸金など抽象的な分類だけが記載されているにすぎないので、これにこだわらないように注意するべきであろう。
 したがって、たとえば相談カードに「サラ金」との記載があったとしても、誰が当事者なのか、相談者本人が多重債務者として相談したいのか、保証人になって困っているのか、場合によっては名義貸しなどの特殊な事案か、など種々のケースがあり得る。そこで、弁護士は、最初に「あなた自身のご相談ですか。」と関係当事者を確認したうえ、「それはお困りでしょう、どんな状況ですか。」など、開かれた質問による問いかけをすることが有効になる。
 また、この初めの段階での聴き方は、受容的に対応することが特に大事であり、弁護士は、内心で自問しながら慎重にできるだけ少ない言葉を継いで、相談者により多くを話させる工夫と努力をするべきである。多くの相談者は、この時点では、まだ弁護士がどの程度自分の言い分を聞いてくれるのか不安を持っているし、信頼関係ができていない段階だと見られるからである。
 ここではできる限り相談者の発言を制約しないで、仮に法律要件に関係ないことをしゃべっていると考えたとしても、それを制止することをせずに受身の聞き役に回ることが適切な場合が多いであろう。このようにして、相談者が弁護士に伝えたい内容の概要を認識するのである。
 
(注3) 「開かれた質問」
 (open questions) 誘導質問や個別具体的で特定した質問ではなく、相談者に対して状況の説明を自由に語らせる質問形式をいう。たとえば、「・・について話してください。」「どんなことがありましたか。」など。そこでは、相談者の側が主導権を持って話すことになる。相談の初めの段階では、問題状況や相談者の要望などひととおり把握する必要があるので、この手法が多く用いられる。参考(注5)「閉ざされた質問」
 
 
実務のポイント 言葉を受け入れ
 
 相談開始の最初に相談内容を概括的に把握することをめざしても、相談者の中には、弁護士に相談する場面に緊張したり、上手に話を組み立てようとして過剰に意識したり、話に偏りが出ているのではないかと疑われる場面も少なくない。このような相談者に対しては、本筋の話をしてもらうよう促し導いて、必要な情報を聴き出す技術が要求される。
 たとえば、相談者の言葉を受けて、「なるほど」、「分かりますよ。」、「たしかに」、「それからどうしました?」、「どうぞ続けてください。」などと、短い合いの手や相づちを入れることが有効な場面が多い。相談の前半では、相談者が説明しようとする事実の要旨を把握することに重点を置くので、少しおかしいと思う内容があったとしても、相談者の言葉をそのままに受け入れながら、とりあえず聴き終えるようにすることがよいだろう。
 あるいは、相談者の説明が繰り返しになってしまったり、本筋から離れるのではないかと思われるときは、「先ほどの契約書ですか。」、「それはいつのことですか。」、「○○さんは居たんですか。」、などと、相談者の説明を受けて話の内容をフォローしたり、あるいは本筋に導くような受け答えをする方法が効果的である。その場合、相談者が使った言葉を弁護士もそのまま使って話を返すことにより、相談者が受容されていると感じて信頼感が増すことにつながる。
 このような弁護士の発言によって、相談者は、確かに自分の話をきちんと受け止めて聞いてくれているのだという安心感と信頼感を持つことにつながるであろうし、さらに自信を持って、またリラックスして話を続けることができるのである。
 もっとも、このやり方も、過度に頻繁に合いの手を入れすぎると、相談者が急かされているような感情を抱くおそれがある。これでは、相談者は逆に萎縮してしまい、重要な情報を話してもらえずじまいになるおそれもある。さらに、弁護士の側を観察すると、紛争類型ごとの要件事実が頭の中に描かれているだけに、早く結論に到達したいと考える傾向の人が少なくないようである。この場面でも、相談者中心主義のカウンセリングの趣旨(注4)を思い返してみることが大切である。
 
(注4) 依頼者(相談者)中心主義
 心理学やカウンセリングでは、「来談者中心カウンセリング」とか「パーソン・センター・アプローチ」などと言われる。相談者の中にある課題解決能力を信頼し、非指示的・受容的に接する面接方法。
 また、「来談者中心カウンセリングでは、カウンセラーは、来談者の内にある自己実現傾向を発揮できるように、共に悩み、共に考えながら、来談者の自己検討を援助していく存在である。」(前記「現代カウンセリング事典」67頁)とされていること対応すると、弁護士は、法律という判断の枠組みを離れて、まず相談者の悩みをそのまま受け入れて共感できる体質をつくることが求められているともいえよう。
 
 
実務のポイント 確認して進める
 
 相談の節々において、弁護士が相談者の話の内容を要約したり、確認して明確化しながら話を聴き進むという手法が有効な場合も多い。これは、相談者との共感を高めて信頼関係を築き、情報の交通をスムーズにするためにも有効な方法であろう。それまでに確認された事実関係に基づいて、次のステップである法的判断へと移行しやすくなるという効果も得られる。
 具体的には、相談者の話を聴いて一つの区切りをつけられるときに、「つまりこういうことでしょうか。あなたは3月ころから離婚を考えるようになっていたけれども、5月に夫から殴られる事件ががあって、これ以上一緒に暮らすことができないと、離婚を決断したということですね。」とまとめてみるのである。
 このように一段落のまとめを提示して確認することや、弁護士の認識した内容を伝えることにより、相談者と弁護士とが同じ理解に達しているという協同作業の成果を、双方が確認することができるのである。そのことにより、相談者は、確かに自分の説明と要望が弁護士に伝わっていることを確かめられるし、これを踏まえてさらに積極的に話を展開しようとする意欲と自信が出てくるであろう。
 もっとも、ここで注意すべきなのは、あまりにポイントを絞って要約しすぎると、相談者が聴いてもらいたいと考えている多くの部分が軽視されて捨象されているのではないかと、相談者に疑われかねないということである。途中の確認や要約は、あくまでも相談者との信頼関係醸成のためになすものであることに留意する必要がある。
 
 
実務のポイント 判断のために「訊く」
 
 心理カウンセリングにおいては、一般に相談者本人に内在する力を引き出すことに主眼がおかれる。したがって、そこには尋問的な訊き方は入り込まない。しかし、法律相談においては、専門家である弁護士の判断と助言ないし提案が不可欠であり、そのために必要な事実を確認してそれに対する法的判断をすることになる。
 そこで、弁護士が聴き手として受身の対応をするだけでは、法的判断をすべき段階に移行しにくいし、相談の連続性が途切れてしまうことにもなりかねない。弁護士は、相談者から提示された相談課題の法律要件に関する事実を積極的に聴き取ることが必要であり、そのためには弁護士から相談者に対して質問することが不可欠となる。このように尋ねる意味での「訊く」ことに関して留意すべき点を検討してみよう。
 法律相談において確認されるべき事実は、過去の事実であり、したがって事実として確定している。その事実に対する評価は別にして、事実そのものをできるだけ確実に把握することが、相談における弁護士の最低限の役割である。しかるに、その事実は、外部から認識されるようなかたちで客観的に存在するのではなく、相談者の記憶という主観的認識を通して、間接的に把握されるほかないという性質を有している。そのために相談者本人からありのままに語ってもらう必要が生じるのであり、そのスキルとしての相談技術が求められるのである。
 ここでは、相談者によって述べられる事実のひとつの見方として、主観的な面と客観的な面とがあるということを指摘したい。相談者自身にとっては、そこで述べる事柄はすべて真実のはずである。しかし、現実の相談では、客観的資料や経験則に反するとしか思われない事実を主張してこれにこだわる人もいる。また、重要な事実の一部を隠しとおそうとする人や、自分にとって都合のいいことだけを繰り返し主張する人もいる。このような場面において、弁護士は、必要な事実を確認して真相に迫るために、いわば反対尋問的に訊かざるを得ないことがある。そのような場面でのカウンセリング的視点からの留意事項をあげてみよう。
 他の論稿でも述べられるので、ここでは一般的な事項にとどめることにするが、この訊く場面でも相談者中心主義の基本的立場をとり続けることが大切である。質問は、決して糾弾的になってはならない。できるだけゆっくりとした口調で、短く区切った質問をする方が効果的である。長くくどい質問は、説教のように聞こえるだけでなく、自分が信用されていないという感情を抱くことにつながり、かえって心を閉ざす結果となる。あるいは、論争的になってしまうおそれもある。弁護士は、専門職業者であり、相談を受けることについて多くの経験を有しているのであるから、ゆとりを持って一呼吸おいて相談者に接することにより、相談者の側で自ら問題点に気付くことも多い。
 以上の課題が生じる場面は、すでに事案の概要を聴き終わり、最終的な詰めの段階であるから、弁護士の側からの質問の多くは、「閉ざされた質問」になろう(注5)。
 
(注5) 「閉ざされた質問」
 (closed questions) 通常数語で簡潔に答えることにできる質問形式をいう。「はい」、「いいえ」や単語で答えられるような、広い意味の誘導質問のほか、事項や場面を限定して特定の質問をする場合がある。カウンセリングの場面でこの質問形式を用いると、会話が続きにくくなることや、質問者が誘導する傾向が現れるので、注意が必要とされる。それに反し、訊きたい事項を絞って具体的質問をすることにより、質問者にとって必要な情報を得られるので、そのような場面で有用であるとされる。参考(注3)「開かれた質問」
 
 
実務のポイント 非言語要素への対応
 
 相談者は、言葉で話すだけでなく、態度や表情などの非言語的要素によって自己表現をする。時には、涙を流しながら感情を訴えることもある。そのような言語によらない表現に対してどのように対処するべきか、相談場面で弁護士の側が困惑することも少なくない。ここでは、感情表現と言語的説明の補助的手段としての表情、態度、身振りなどとに分けて検討することが適切である。このうち、事実を説明するための身振りなどについては、言葉での表現と相まって身体の動きによって表現されるものであるから、相談者の主張が高揚している場面であると捉え、相談全体の趣旨の中でこれを受け止めることで足りよう。また、表情などについては、一般に口頭表現を超えた情報を得られることが多いので、相談者が話す言葉の内容だけでなく、その表現をしている主体としての相談者自体を観察し続けることが大切である。
 これに対し、喜怒哀楽などの感情は、一般には一時的なものであり、長くは持続しないと考えられている。聴き手である弁護士が、相談者の感情およびその原因となった事実につき、共感をもって受け入れる態度で臨めば、相談者の一時的感情は間もなく収まることが多い。そのため、感情の高まっている状態のままで話を進めるのは、避けるべきである。少し間をおいて沈黙の時間をとることも有効であるが、そのときに腕組みをしたり横を向いたりすると、双方の感情が相互に受け入れられない状態にあると理解されてしまい、信頼と共感が損なわれ、その後の相談に支障をきたすおそれがある。カウンセリングの基本である共感のあり方が大きく問われる場面でもあろう。
 感情は、さらに相談者の相手方当事者に対する反感と憎しみや恨みなどが積もって、場合によっては怨念に近い固まりとなって相談者の内部に蓄積されていることもある。その感情が相談者の原動力となって、法律相談に向かわせ、あるいはさらに当面の人生の進むべき方向を決め、相談に際して主観的な実現目標を固守することもあろう。そのような相談者に接したとき、弁護士は、どのような対応をするか。従来取られている弁護士の行動の多くは、法律問題としては解決することができないことを説明し、相談を打ち切ることであろう。一般にこれ以上時間をかけても進展が望めないと判断されるからである。これは大変困難な課題であるから詳しくは他の論稿に譲るが、結果としてそうした相談の終結をせざるを得ないにしても、相談者の感情とその原因となった事情、それは相談者にとって人生の重大な事件であったはずであるから、これを受け入れて共感的理解を示すことが大切な態度である。弁護士が一旦法律を離れてこのようなカウンセリングマインドをもって臨むことにより、結果として相談者の内心の傷が癒されて、時間の経過により問題が解決に向かうことも少なくないと思われる。
 
 
実務のポイント 実現目標は何か
 
 相談者は、弁護士に対する相談を通じて、自己の想定した実現目標、つまり紛争の解決ないし権利の実現が達成可能かどうか、ならびにそれに達する筋道としての手段・方法を尋ねたいのである。弁護士は、相談者から聴いた事実の確認だけではなく、その事実を踏まえての解決策を的確に示すことが、相談者から期待されているのである。さらには、相談者の希望とは離れるかもしれないが、より現実的な解決策を弁護士の側から逆に提案することが必要な場面も出てくるであろう。この解決策の提示については後に詳しく論じられるので、ここでは聴く技術に関して若干の指摘をするにとどめる。
 相談者から聴くことに関していえば、その求めるところ、つまり困りごとを解決したというためには、最後に何を実現したいのか、いわばその期待する実現目標としてのニーズを的確に聴き取る必要がある。その場面においても、まず相談者のニーズがどこにあるのか、先入観を入れないで率直に聴き出すことから始めるべきである。弁護士の知識経験から見ると、それが法的にあるいは事実上の障害により実現できないだろうと考えられる場合であっても、相談者の希望をそれ自体として批判しないで聴き入れる態度が求められる。
 相談者の側についてこれを見ると、実現困難な無理なことを願っているのではないかと遠慮したり、心理的に自己抑制してしまうことがないように、リラックスした状態で発言できる状況が確保されているかどうかが重要である。この点についても、弁護士において相談者の悩みと解決への期待を正面から受け入れるという真摯な姿勢を明確に示すことにより、相談者の側で受容されているとの共感の感情を持ち、自由に発言できることができるとともに、弁護士の提案と助言に納得して理解したり、場合によっては癒しを受けて悩みから抜け出すことも期待できるであろう。
 しかし、他方において視点を変えると、相談者の期待する実現目標は、事実そのものの認識と違い、相談者の主観的期待が大きく入り込むところであるから、弁護士が受身でよく聴き入れるだけでは、相談を通じて認識された客観的事実と相談者の主観的希望としての実現目標とが連続しないため、解決への展望を示す相談の終結段階で、かえって混乱してしまうおそれがある。したがって、相談者の希望と期待をそれ自体として共感をもって受け入れることと、その実現の可能性に関する専門的判断内容とが、必ずしも一致しないことを説示して説得する場面をも想定しながら、期待する実現目標の確認を慎重に行なうべきである。
 
 
実務のポイント 終了時の別れ方
 
 相談を終えるときの注意と工夫についても、弁護士側で大いに検討して改善するべき部分である。終わり良しという言葉があるように、相談面接においても、その終了つまり相談者との別れ方が相談全体の満足度を決めてしまうこともあり、次の受任につなげるかどうかを判断するポイントにもなる。
 相談者が相談室から出て行くときは、立っていくのであるから、そのままいすに座っている弁護士とは目の高さがずれることになる。弁護士はその状態で相談票に記入したりしながら相談者を見送っているのが一般的な現状であろう。しかし、これではビジネスライクに過ぎて、相談を受けたことの全体が弁護士のカウンセリングマインドに包まれているとは言いがたい結果となり、同時に相談者からもそのような受け取られ方をしてしまうのではないか。
 そこで改善策の提案であるが、同じ目線を取ることが挨拶の基本であるから、弁護士も立って一言声をかけるようにしたいものである。その言葉は、相談の結果将来に希望を持てるような意味を含むべきである。たとえば、「早く問題が解決するといいですねぇ」、「手続きを踏めば一歩前進しますよ」、「家族の方も安心できるといいですね」、「またいつでも相談してください」などである。
 以上で「聴く」という視点から、その技術に関する検討を終えるが、本書の他の部分でもこれらに関連した説明がなされているので、総合的に理解し、相談の中のカウンセリング的な聴き方や対処法を問い直し、そのマインドを身に付けていただきたい。

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